以前も、関ヶ原の戦いについて、ちょっと触れたことがある。
それだけ、関ヶ原の戦いは、インパクトの在る出来事だったという事だと書いた。
最近自宅の古本置き場で発見した、司馬遼太郎の関ヶ原。
25年前のまさに古本で、おそらく父が読本したものだろうが、カバーを付けて読んでみることにした。
今まで、さまざまな人物の視点から、見聞きした関ヶ原であるけど、その参加した脇役とも呼べる人物に至るまで、きっちり書いている作品で、自分の知る限り、関ヶ原をテーマにした小説では、最高峰の作品だと感じた。
こんなものが世に存在し、しかも自宅で25年も置いてあったのかと思うと、それまで読まなかったことが、非常に勿体無い事のように思える。
いや、最近さまざまな作品を読んで、多少成り本を読む力をつけた今だからこそ、面白く感じるのかもしれない。
歴史の教科書を読んでも、関ヶ原の戦いであっても1ページ程度しか割かれないものだ。
だけど、その一つの出来事に、様々な人が必死になって生きた証が溢れている。
それを歴史の教科書は教えることはできないから、だから歴史の授業は面白くないのだろう。
関ヶ原は、自国の歴史の1ページを読むときの、そして人の心を知るときの、一つの教科書として読んでも良い作品だ。
こういう作品と巡り合う事で、歴史を知る事ができ、そして歴史を知る事の意味を、人が生きるという意味を、また一つ理解することができる。




小説 関ヶ原を読む
