新田次郎の武田信玄を読んでいる。
今年の大河ドラマの風林火山は、武田信玄が、小笠原、村上、諏訪氏を攻略し、川中島の戦いで越後の上杉に打撃を与え、信濃の支配権を、確立するまでの話になるはずだ。
そういう意味で、特に上杉謙信がライバルとピックアップされると思う。
ただ、武田信玄の本当のライバルは、織田信長だ。
信濃の支配権を確立してからは、武田信玄は上杉謙信を常に上回っている。
もはや、ライバルと言える存在ではなくなっている。
わずか12年で尾張と美濃を平定し、先に京に上った織田信長。
武田信玄は、西上への道を作るために、上杉、北条を押さえ、今川を駆逐し、そして徳川・織田に挑むことになる。
結果は、徳川を決戦で蹴散らしたが、織田とぶつかる前に、寿命が尽きてしまった。
歴史の残念の一つではある。
その後、武田は滅び、織田も衰退して、徳川が天下を取るのだけど、それは偶然ではないと思う。
軍事も安定経営も抜群だった、秀才的な武田信玄と、革新的な戦略眼を持った、天才織田信長。
その2人に挟まれて、滅ぼされなかった徳川は、その2人のやり方を、よく観察し、それは徳川幕府、しいては日本の礎になっていったのだと思う。
実際、徳川の武将に、甲斐武田氏の流れを組む人物は少なくなく、また、さまざまな面で、信玄流を取り入れている。
武田家というのは、歴史のネタになっているだけでなく、その後の日本に大きな影響を与えているということだ。
さて、武田信玄を読んでいて、面白いのは、その後の歴史の中で、活躍する人物の祖先が見られることだ。
例えば、幕末の時代、会津の松平容保があり、そして土佐には板垣退助がいる。
松平容保の祖は、武田氏の家臣であった保科氏に、徳川秀忠の隠し子を養子として預けた所から始まっている。
その養子である保科正之は、徳川家光から、謹直で有能な異母弟として可愛がられ、それが、幕府を守るという使命を家訓として残す事になる。
それを実戦したのが、松平容保ということになる。
板垣退助は、大河ドラマのキーマンである、板垣信方の子孫と自称している。
板垣信方の嫡流は滅びたが、その孫が、関が原の戦いのときに山内一豊(去年の大河ドラマの主役)の陣に飛び入り協力し、武功をたてて、取り入れられ、そのときに乾と改める。
それが、乾家の始まりであるのだけど、乾退助が薩長軍の司令官として、甲州に入るときに、かつて、武田信玄の家臣だった事をアピールするために、乾を、板垣に戻した。
それだけ、武田信玄というのは、その土地の人間にとって、大きな存在だったのだろう。
200年の時を得て、この両者が、親幕・反幕との立場になるのは、歴史の面白い所ではある。
他には、かの有名な真田幸村の祖父と父が活躍するのも、武田信玄の下での話だ。
歴史とは、年表に貼り付けられるものではなく、連続した人間の営みだということを、歴史小説は教えてくれる。




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