大河ドラマ: 2005年2月アーカイブ

かつては美少年と伝えられ、最近は実際はそうでもなかったと言われている牛若丸こと、義経。
真偽の程はわからないが、絶世の美人、常盤の子供にして、絶世の美男子、頼朝の弟ならば、やはり美少年だったと考える方が普通だろう。

そう。
突然さらっと書いてしまったけど、頼朝は絶世の美男子と表される人物だった。
しかも、彼が、征夷大将軍にまでなれたのは、美男子だったからといって過言ではなかった。


時は平治の乱。
13、4歳の少年頼朝は、甲冑を纏って出陣した。
その姿は、まるで絵に書いたような美少年(陳腐な表現でごめん)だったという。
義朝や、19歳の悪源太義平が主力として闘った平治の乱では、彼はまだ未熟で、大した活躍もしなかったが、それでも敗戦して、捕えられてしまったからには、死罪は免れない。

そこで大河ドラマ1話になるのだが、清盛が頭が上がらない女性(忘れちゃった)がいて、その女性が、殺さないでと嘆願したことで、頼朝は死罪を免れた。
その理由は、その女性の末子で、小さくして亡くなった子と顔が似ているからということだった。

実際は似ていなかっただろう。
しかし、美少年頼朝は、その女性の母性本能を頼朝はクスグった。

「あの子に死んだ」

「あの子はまだ小さい可愛い子だった」

「あの子は可愛い可愛いこだった。」

「頼朝って可愛い」

「あの子と頼朝はそっくりだ」

「そっくりだから殺さないで」

似ているかどうかは別として、彼女の頭の中では一致した。
つまり、可愛くて、殺したくなくなるほど華麗な美少年だったのだ。

だから、ドラマのあの少年頼朝は正しい。
あのジャニーズ張りの美少年ぶりは正しいのだ。

そして、中井喜一は決して悪くは無いのだが、大人頼朝の華麗で爽やかで涼やかな美男子からすると、ちょっと弱い。
藤木直人あたりが、適任ではあるのだけど。


さて、時は移り伊豆に流された頼朝は、北条時政の娘、政子と出会う。
ドラマでは、少しづつ仲良くなっていくラブストーリーになっているが、実際は頼朝必死の工作だった。

政子と出会う少し前。
頼朝は、我が子を殺されている。

頼朝の子を産んだのは、北条氏と同じように監視役とされた伊藤氏の、党首の娘。
その娘はもちろん、頼朝の美男子ぶりと、源氏ブランドにコロッといったらしい。

伊藤氏の党首がしばらく家を開けて、帰ってきたら、娘に子供が出来ていた。
留守を任せていた弟は、頼朝の乳母の娘を、嫁さんに貰っていたので、見て見ぬふりをしていたのだが、京帰りで平氏の勢いを見てしまった党首はそうはいかない。

一族の危険を察知し、無かった事にする為に、その子供を川に投げ捨てて殺害。
頼朝も殺害する事にした。

頼朝は生き延びるために、北条氏に逃げ込んだ。
北条氏は、それなりに源氏から恩を受けていた一族だったので、その保護を受けられた。
しかしそれが長く続くかどうかは解らない。
一蓮托生になっておかなければならない。

時政には年頃の娘が2人いて、その一人が政子だった。
頼朝は娘を落として結婚してしまえと考えた。
娘は2人とも、頼朝の美男子ぶりと悲劇っぷりと源氏ブランドに、落ちていたので、頼朝はどちらを選んでも良かったし、両方取っても良かった。(殺されるけど)

頼朝は、政子の母が、今の時政の正妻では無いことを計算して、こっちだったらゴネナイだろうと政子を選んだ。
もちろん政子の方が美人だったという事もある。
晴れた頼朝の思い通りに、北条氏と一蓮托生になることに成功した。

これにて一件落着なのだが、後日談が在る。
なんで妹を選ばなかったのだと、頼政の正室である母は怒ったらしい。
それだけ頼朝は美男子だったということだ。


さて、そんな頼朝も決起する時が来た。
しかし、鎮圧に来た部隊に、ケチョンケチョンに負けて、敗走した。

敗走しながらも、1000人ぐらい集めてなんとか軍勢と言える程度になったころ。
強力な武将が、2万の軍勢をつれて応援に来た。

「担ぐのに取るにたらない奴だったら潰しちまえ」
そんな思惑も無くは無かったが、ここで頼朝と会って、頼朝を応援することとした。
なぜなら頼朝が颯爽とした美男子だったからで、頭に担いでも良い人物だと思ったからだ。

その後は、快進撃を繰り返し、平氏を滅ぼし、ついには征夷大将軍になる頼朝。
その彼が天から得ていたものは、源氏ブランドと、美貌。

そのどちらが欠けていても、頼朝は歴史の表舞台には立てなかった。
冗談ではなく、立てなかっただろう。

大河ドラマ義経で、牛若の母として颯爽登場し、ハッと思わせた女性。
「常盤御膳」

ドラマで平清盛の正室、時子が常盤を見て、「悔しいが美しい、しかし、悪魔が住んでいると見た。」
のような嫉妬か本気か解らないような事を言ったシーンは印象的だ。
確かに常盤は魔性の女だった。
いや、彼女が魔性の女だったというより、彼女の美貌が魔性だった。

今回は常盤さんの話。
ちなみに時子さんは、よくドラマに出てくる嫉妬キャラというわけではなく、色々主人の為に働く良い妻だったらしい。


世の中にはたまにどうしようもない美人が誕生する。
その容姿はオードリー・ヘップバーンのように瞬き、その声はマライア・キャリーのラブソングのように心を震えさせる。
現代風(でも無い)で言うと、そんな女性がたまに誕生する。

「君が為 春のに出でて 略奪す
 我が衣でが 血に濡れつつとも」

日本から古く伝わる和歌集にも、こんなようなのが残っており(一部捏造)、当時から愛情のもつれで殺人事件が多々起こっていたわけだ。

源氏の嫡流為義と嫡男の義朝は常盤が原因で決別している。
もともと仲が悪かった親子だったが、常盤が絡んだことで決別した。
そして、常盤のせいで一族別れて争うことになり、それが保元の乱というわけだ。

常盤は14.5歳の頃。
とある公家の雑用人として働いていた。
雑用人といっても、当時名のある公家の雑用人は選別するのも非常に難しく、
当時京で一番の国民的美少女と歌われた常盤が選ばれた。

そこに義朝登場。
お仕事している彼女に一目惚れしました。
しかし、彼女が仕えている公家は、源氏が懇意にしている公家と、対立している公家。
そう、保元の乱で、政権を争った2大勢力の公家の一つに常盤がいて、一つに為義と義朝がいた。
ロミオとジュリエットというわけです。

為義は反対した。
嫡男が雑用女を娶ろうとは何事かと。
いい所のお嬢さんを娶って一族の為にしろと。
そもそも敵勢力からもらおうとは何事かと。
俺の政治的努力を潰す気かと。

心が燃え上がった義朝には通じない。

源氏の嫡男は俺。
つまり源氏は俺のモノ。
源氏のモノは俺のモノ。
俺のモノは俺のもの。
・・・だから常盤も俺のモノ

源氏のお家芸、ジャイアニズムを発揮して、結局頂いちゃいました。

その結果、後に起こる保元の乱では、為義は懇意にしていた公家について、義朝は対立していた公家につくことに。
為義敗北。

常盤 先ずは為義を滅ぼす!!

一族別れ別れに闘った源氏は、恩賞で冷遇され平氏の足元を見ることになる。
不満を抱いてクーデータ-を起こしたのが、平治の乱。
義朝敗北。つまり常盤のせい(?)。

常盤 次は義朝を滅ぼす!!

そしてシーンは大河ドラマ第一話に。


清盛は最初は見物気分だった。
京一番と言われた美人をとりあえず見てみようという程度だった。
それに清盛は女遊びに慣れており、冷静にいられると思っていた。

そこに、常盤が子と母の懇願に現れる。
常盤22.3歳。子供3人とはいえ、女盛り。
最初はその気が無かった清盛も心が動く。

「どうか、捉えた母をお話ください。」
「ふむ。」(綺麗だな)

「息子達をお救いください。」
「ふむ。」(たしかに綺麗だな)

「私の命はどうなっても構いません。」
「ふむ。」(というか、これヤバイんじゃない)

「どうか御慈悲を・・・・」
「ふむ。」(どうしたもんかな)

「・・・・・・」
「考えとこう。」(とりあえず殺すのは勿体無い。)

というわけで、命を許した清盛。
源氏では夫に愛されつつも、夫の父から冷遇されてきて幸薄だった常盤。
いつのまにやら、複雑な両思い。

常盤は、ドラマでは清盛と一子を儲ける。
このソースは私は取れてない。

そして常盤28歳頃。
清盛は未練タラタラではあったが、藤原一族の長政に常盤をあげる。
当時の28歳といったら、決して若い女性ではない。
しかし、常盤はいまだ美貌衰えず。
一条長政は愛さずにいられず、ここでも子を2人産んでいる。

最後はその美貌でやっと安定した生活を手に入れる。

そして清盛。
あの時に、生かした乳飲み子、牛若に寝首を欠かれる事になる。
つまり常盤のせい。

常盤 ついに清盛を滅ぼす!!

武家の首領格3代を滅ぼした、魔性の女常盤御膳の話でした。

大河ドラマ義経は、マトリックス源さん並の演出がとめどめなく溢れていて、リアルなのかどうなのか解らない感じですが、義経だって本家本元の源さんだし、だからきっと源さん繋がりでこうなっているんですよね。
この頃の時代は、土蜘蛛とか、酒呑童子とか住んでいた時代だから、きっと今の人間より、マトリックスだったんだろうという事で、とりあえず納得する事にしています。
ゲンさん万歳。

さて、本題の話なのですが、その土蜘蛛とか退治したといわれる、XBOXユーザーお馴染み、源頼光(948~1021年)なのですが、もちろんその勇名は高く、数ある源氏の一つの有力な筋なわけですよ。

その源氏って本当に身内争いが多い人たちで、それでもともと平氏なんて歯牙にもかけないような実力の家系だったのを、自ら弱体化していったんです。
例えば、前9年・後3年の役で活躍した源氏を押し上げた実力者、八幡太郎義家(1039-1106)は、子の代で身内争いが起こって、有力な血筋を幾つか失う様。
保元の乱では、義朝(1123-1160 )は父親の為義(1096-1156) と身内争いして勝利。
その義朝も、平治の乱の時は、頼政(1104~1180)と敵対してそれが致命傷になって敗北。
義経(1159-1189)だって兄の頼朝(1147-1199)と争って、その結果、層が薄くなった源氏は鎌倉幕府3代目の実朝(1192-1219)で滅んで、平氏に政権とられちゃっているし。

で、義経が生まれた頃は、身内争いに興じて力を落とした源氏が、身内を大切にする平氏と、平清盛という逸材によって、敗れた時だったわけですよ。
源氏は単独の武力では強くても、家の結束では、平氏に勝てなかったわけです。

その平氏も身内を愛するあまり、「平氏に在らずば人に在らず」となってしまって、頼朝や義経に隙を与えてしまうことになるけど、本質的には、平氏の方が、良い奴っぽくないですか?
それでも義経がこうやって舞台に多く出てくるのは、なんなのでしょう。
やっぱ小さな頃から、どっか源氏は正義ってイメージをつけられてしまうから?

義経の話は、前半は平氏に復讐して、後半は兄と身内争い。
親の仇を取った勇者と、その末路って展開になると思う。

だけど、平治の乱は、義朝が天皇、上皇を誘拐して始まったのを、平氏が止めただけの話、それでを復讐するってのは筋違いという気がするし、その後の身内争いは、源氏のお家芸。

今回の大河は、その辺は気を使って、平清盛は、ちゃんとした人物として描こうという意欲は、俳優さんの選択からもまじまじと感じられるけど、結局は悪の平氏ってなってしまいそうだ。
それでもって頼朝は冷徹な兄貴になるのかな。

とにかく義経を楽しむには、それ以前として、最低でも平治の乱のことは、知っておいても良いと思う。
頼朝・義経の兄の悪権太義家とか、義経に負けじ劣らずの武勇を持っていたし、義朝だって、捨てたものじゃなかった。
この辺を知ると知らないとでは、義経の楽しみも変わってくると思う。

さて、この時代で最高の傑物を挙げろといったら、私はこの人を挙げる。
後白河法皇。
義朝も頼朝も義経も、そして清盛だって、彼の手の中で回っていた所あるしね。

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