世についての最近のブログ記事

mixiで、国母さんの事を書いたら、いろいろ賛成反論あったのだけど、ここで改めて自分の考えを述べてみたい。


・あのスーツファッションについて

開会式などのオリンピック公式の場であれば肯定はできない。
正装でバシっと着るようにというのが、マナーとして、存在すると思うから。(多分)
公式の場、オンの場であるから。

でなければ、個人の着こなしの問題で、わりと多い着崩方しでしかない。
ドレスダウンというかサギングというべきか。
スノボー系のファッションとしては、わりとフツーな気がする。


・飛行機から降りた直後は公式の場か

競技者にとって、移動の場は、移動の場にすぎず、リラックスしたい場面だと思う。
もし、そこをマスコミに対するオリンピックの公式の場とするなら、事前の説明が不足していたのだと思う。
マスコミが勝手に撮影したのなら、それは盗撮のようなもので、選手にとっては、オフモードなんじゃなかろうか。
そもそも、本人の同意を得ないシーンでの撮影は、禁止しても良いのでは?

ついでに、単純に飛行機から降りた直後という部分で公式の場としてしまうと、機内の中は?家から集合場所までは?と、全て公式の場となってしまう。すると、全てネクタイも緩められず、ドレスアップの気持ちでいなければならない。
そんな事で、選手が変に気を使うのであれば、最初からスーツ縛りはしないほうが良い。

・会見について

マスコミは、自分を正義の使者だと思い込み、母国さんは何一つ納得していないことに、演技ができなかった。
大人の対応が全て良いとは思わないし、そのうち面倒だから、とりあえず、誠意があるっぽく謝っておけってなると思うけど、今はそうじゃないんだろう。
自己を出せるのは、競技者として決して悪い資質ではないと思う。

なぜ、本音を出さない人間が、そんなに立派扱いされるのか、ずーと疑問。
政治家でも俳優でも、サラリーマンでもあるまいし。


・なんで皆怒ってる

自分より実績がある人間には、謙虚にしてもらわないと、プライドが保てない。
普段自分は我慢しているのに、我慢していない人を見ると、頭にくる。
自分と違う人種は許せない。
ストレス社会だから。
叩き易いから。
もうちょっと幻想を見せて欲しい。

そのへんだと思う。


・誰が悪い

曖昧なのが悪い。
協会が曖昧にしていて、機内では、誰も問題にしていなかったはずなのに、マスコミが騒いだり世論が騒いだ途端に、個人の責任にしたのが悪い。
個人の自由にさせていたなら協会は全力で庇うか釈明するのが筋、そうでなく、機内で徹底指導したのに、本人が拒否したのなら、逆にもっと厳罰に処するべき。
とりあえず謝っておけ的な事で、個人のせいにして問題を終わらそうとするのが、今後にも繋がらず一番問題。


・オリンピック前の移動につて

こんな事で問題になるなら、私服でもジャージでも良いと思う。
スポーツマンがジャージで移動するのが変だとは思わない。

協会が、オリンピック前の移動を、どういうものにしたいという意志もあるが、緊張感のある競技が控えるのだから、リラックスできるのがベストだとは思う。
もし、スーツ正装で日本国民の模範的な姿を見せる場にしたいなら、そういうプロデュースを、最初からしておくべき。


・一番の問題は

注目選手が少なすぎるから、こんな事に目が行く。
それと、リュージュのトラブルのほうが、100倍大問題。


そんな感じです。

嫌煙者

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いつからか、嫌煙者という言葉が使われてきて、さながら喫煙者に対する反抗勢力みたいな黒いイメージが付いているが、多くはそうではないと思う。
吸う人、吸わない人であれば、統計上は日本では半々といったところであるけれど、吸わない人自体は、一定のマナーさえ守っていれば、喫煙を許容できる人間の方が多く、それは嫌煙者では無いと思う。

今まで、高校時代からの自分の周囲は、9割が喫煙者だったわけで、だから何から何まで禁煙などとは思ったことは無い。
ただ、自分の主義としては、ここは駄目だよという所があって、それは一定のマナーの範囲だとは思う。


・相手の食事中には吸わない。

といっても、安い飲み屋や、チェーンレストランで文句を言うつもりはさらさら無く、食事そのものを楽しむ場だとは思っていないから、それは気にはしていない。
あくまで、料理だけで1500円以上は出すような、味自慢の料理屋の時は、やっぱりまずは料理を堪能したいわけで、こちらの味覚と嗅覚をボロボロにされるタバコは、ちょっと厳しい。
掛け値なしで料理の価値が、8割減ぐらいになってしまって、哀しくなる。
というか、吸っている人自体も、30円のたばこで、目の前の料理を壊してしまって、何が楽しいのか、ちょっと理解できない所はある。

ちなみに、飲食店での喫煙は、本当は、半径5mぐらい周囲まで気を配るぐらいがマナーだとは思うけど、そこまでできる人間は、そうそういない。
どこぞやのデータでは、たばこで不快な思いをした飲食店には、次も行く可能性は20%となってしまうので、好きなお店なら、自分のたばこで、お客を減らさない気遣いは必要だと思う。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0812/09/news055.html


・歩きタバコとポイ捨てはしない

と、こんな当たり前の事を、書くのもと思いながらも、実際はあるもので、ゴミの中でもかなり臭いゴミの吸殻が、転がっている風景には、残念としか言いようが無い。
ゴミをポイ捨てにしないということは、小学生でもできることで、たぶん喫煙者でもタバコ以外はポイ捨てしないとは思う。
なんでタバコだけと考えたときに、結局吸い終わった吸殻は、ゴミとして保持するのが非常に面倒だからという事になると思うが、それなら拾う方はもっと大変だと想像しても良いとは思う。


・子供とか妊婦さんの側では控える

喫煙スペースが減ったことで、公園にたむろして吸っているシーンはあるが、昼間の公園の主役は、あくまで子供なので、子供がいる時は、ちょっと気を使って良いんじゃないかと思ったりする。
あの吸殻でゴミがごった返しているのを、清掃の人が税金で掃除しているのかと思うと、なんか微妙な気分になる。
そこに、たとえ禁煙となってなくても、なっていても吸っていますけど、どうなんだろう。


という一定のマナーさえという所なんですが、ここまで出来る人は、全体の3割ぐらいだろうし、半径5mのくだりを入れたら、5%ぐらいだと思う。
この程度のマナーを守ることが難しいタバコは、やはり中毒性の高い物でコントロールが難しい物なのだと思うし、だから、私はタバコの料金は上げて、吸ってはいけない場所への罰則を強め、吸うこと自体のハードルを上げるしかないと思える。

本来は嫌悪者という存在をしなくても良かった人が、作られてきたのも、そして解りあうことが出来ないのも、仕方ないのかなって思える。

プロバガンダ

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さっき、郵政民営化の為に、電通にアメリカ保険会社から5000億円支払って、プロバガンダモドキをしたってのを見た。
つまりは、どっかの都合で、実際メリット以上のデメリットである民営化を進めたってらしい論調。

ともかく、何が真実かは知らないけど、要するにイメージと真実ってのは、基本的に違う。
それでも、けっこうイメージって信じちゃうよね。
そう考えると、やっぱりイメージを作り出せる人って価値があるってことになるんだろか。

そうかそうか、だから芸能人やら会社はイメージを大切にするのか。
そんでメディアは強くて広告費が高いのか。

真実なんて、本当のところ、さほど大事じゃないんだね。
いや、良いイメージ以上が真実だとしたら、一番良いことなんだろうけど。

嘘も100回言えば真実になるのは、今も昔もさほど変わらない。
そして真実はいつも一つではないけど、それを欲して今日もマスゴミのニュースを見る僕らはいつも幸福。

無駄仕事

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仕事が大変すぎて大変という人は多い。
毎日14時間労働で死にそうという人も多い。
たぶん多い。

しかし、たとえ20年前と比べても、殆ど全ての生産能力や作業効率は、
数倍、もしくは数十倍に上がっていると思う。
情報伝達の速度も、同じくらい上がっていると思う。
PCは普及していて、今や使えて当たり前だし、
ソフトウェアによる管理が洗練されるほどに、事務的な処理は、
どんどん楽になるはずで、そういう効率も、上がっているはずだと思う。

なんでもかんでも良くなっているはずなのに、大変になっている。
それは何故かと考えた時に、こんな結論にたどり着いた。

「多くの人が実質的に無駄になる仕事をがんばってやっているから」
つまりは、仕事の為の仕事というのが、結局は多くなってるという事だと思う。

今は競争社会と言われている。

たとえば、3つの会社があって、全部で10の仕事をやってれば、
誰も困らない状態になれるとする。
しかし、効率があがって3倍強の仕事がこなせるようになる。
そこで一つの会社が10の仕事を我が物にしようと、一生懸命売り込んだり安くしたりする。
自分の所だけで、10をこなせるように、必死に頑張るとする。
そうなると、2つの会社はそれに対抗するために、やっぱり一生懸命売り込んだり安くしたりする。
そして、やっぱり自分の所で10をこなせるように、必死に頑張るとする。
もともと10の仕事しかない所で、30の仕事をこなせる状態になってしまう。
しかしながら、頑張らないと仕事が0になって、死活問題なので、それでも頑張る。
そうなると、仕事の為の仕事を、たくさんやるようになって、しかも3回に1回は、全くの無駄になる。
そんな競争でかかった経費は増えて、競争のせいで利益は取れなくて、一人一人の仕事は増えて、大変になる。
その仕事を提供される人は、競争の恩恵は受けるけど、結局は自分が働く方に回った時に苦労するので、得でもない。
そんなスパイラルじゃー無いだろうか?

3だったものが10をこなせるようになったら、もう3しか働かない。
それで利益が同じだったら、もう働かないで皆でだらける。
だらけて暇ができた時間で、文化とか交流とかそっちに目覚める。
それじゃ駄目なんだろうか?とヘタレな私は考える。

といっても、それだとグローバル社会だから世界の競争に負けるとかなんとかあるとは思う。
それに、今のPCはまだエネルギー効率は悪いし、そもそも色んなもののエネルギー効率は悪い。

ただ、今のペースでデジタル化と省エネが進んでいけば、例えば電気の世界では今の半分のコストで、
2倍のエネルギーを生み出せるようになるのも遠くない。
それは、電気代が4分の1で、今よりも良い家電に囲まれる世界ということになる。
そうなると、誰もが快適な生活を得られやすくなっていく。
というか、いかないと困る。

そんな世界になっても、やっぱり苦労に苦労を苦労するもんなのだろうか。

とりあえず、エネルギー対策と食料対策。
この効率化がある点まで進めば、そんなに競争しなくても良くなる。
と思いたいけど、世界は日本だけじゃないから、そうはならないような気もする。
とことんまで競争をし続けて、仕事の為の仕事は、またずーと増えていくんだろうさ。

時代の流れ

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自分のやっていることを続けても、勝者にはなれない。
報われる事は無いかもしれない。
それを知っていても、それで敗者と呼ばれようとも、自分の足で立ち、自分の信じる道を進みたい。
なぜなら、同じ志を持って死んでいった友がいるから。

新撰組の後半はそんな話でした。
それについて是非を言うつもりはありません。
ただ、少し思っただけなんです。

XBOXを応援している私らは、やっぱり時代の敗者とされるのだろうか。
100年後の大河ドラマ「プレイステーション3代」で、脇役として登場してバッサリ切られるのだろうかと。

いつの時代も主流に乗らない人はいるという・・・

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