人について: 2004年11月アーカイブ

「このサイトはマイクロソフトのゲーム機XBOXの応援サイトです。」

このフレーズは、このサイトを作成して、続けていく中で、何を目指しているのか忘れない為にトップページに張られる事になったのだけど、自分に限らず人が何かを応援する理由って、何なんだろうと考えた。

そのきっかけになったのが、新撰組を見ていた時にでてきたシーンで、ついに永倉や原田が新撰組を去ってしまったのだけど、そこで斉藤一が吠えた。

「俺は一人になってもこの旗を守る。この旗が俺を拾ってくれたんだ。」

大河の彼を一年近く見つづけてきたけど、彼が吠える程感情を表に出したのは初めてだった。
それだけ彼は新撰組を大切に思っていて、浪人として果てるかもしれなかった命を救ってくれた新撰組に大して恩を感じ、そしてその旗が輝きを失わない事をのぞんでいるのが、ひしひしと伝わってきた。

彼は新撰組を応援していた。
彼が感じた恩を返し、彼の居た場所を守る為に。

人が一番恩を返したいと思う相手は、命の恩人だと思う。
それは、単に生死という意味だけではなくて、見失った心を救ってくれた人や、力を取り戻す言葉をくれた人に対しても、心の死を救ってくれた人だと言える。

「ゆっくりと死んでいくだけだったオレの心は生き返ったんだ。おまえのおかげでな。幸福というのはこういうことだ。これでいい。気にするな。」

これは有名な漫画の中に出てきた一セリフだ。
心を救ってくれた人と共に戦い、ついに力尽きてしまったの人が、最後に語った言葉だ。
人が人の為に何かをするというのは、人から受け取った何かを返そうとする為なんだろう。

XBOXは私の命の恩人とまでは言えない気がするので、命を賭けて守るとまで、宣言する事はちょっと難しい。
だけど、いろいろな楽しみを与えてくれたこのXBOXというハードには、感謝をしている。
そして、これからも何か楽しいことを提供してくれることを望んでいる。
そういう想いがあるから、応援することができるのだろう。

応援は何の見返りも無くするものじゃない。
何かを求め、何かを返す為に応援するんだと思う。

「このサイトはマイクロソフトのゲーム機XBOXの応援サイトです。」

文章が、意図しない方向へ進むことが多い。
意図しない方向というより、主旨と全く違うように取られてしまう。
これは、私の書き方が、直接的では無くて、どうとも取れるような間接的な表現になる事が多いからかもしれない。

今回も、相手を叩こうという意図も、対立したつもりもないのに、そう取られてしまった。
ネットの複数人のコミュニケーションでは、相当に頭に血が昇っている相手には、本当は、無視を決め込むのか、適当にぼやかすのが、正しい対応方法だと解ってはいる。
実際に私もそうやってたんだけど、それで今度は無視されていると相手が不平不満を喚いていたので、書いてあげたほうが親切なのかと、わざわざ時間をかけて書いた。

ケンカ売ったわけでもなく、ただ「それは上手くないですよ?」と言いたかっただけで、文章も直接的に責めるように取られないよう、それ相当の逃げ道を用意したつもりだった。
しかし、結果として、私が叩いて相手が去るという形になってしまった。
結局私が望んだ方向と別の方向に向かってしまったのは、非常に残念だ。

ネットでの言葉は、顔が見えない分、10倍ほどキツク見えてしまう。
普通の言葉では、相手に対するプレッシャーが強くなりすぎてしまう。
相手を尊重する意味で丁寧に書くより、優しく隙のあるような書き方でないと、この類の文章は成り立たないのかもしれない。
今回の失敗の根本はそこに在るような気がする。


私は基本的に、個人攻撃の文章を書くケースは非常に少ない。
いつだって、自分の意見を主と書いていて、相手に頭ごなしに押し付けたり、罵り返そうとうはしていない。
その中に自分の意見を理解して欲しいという要求は当然あるけれど。

相反する意見についても、理解した上で、自分なりの見解を書いている。
相容れない所は相容れない、同意できる所は同意と書いている。
その中で、相容れない理由をこと細かに書いている。
脱線して、違う方向に飛んでしまう事も、ままあるけれど。

それは別に批判しているわけではない。
怒っている訳でも無い。
私は、決して埋められる事が無い、お互いの思考のベースは絶対に存在すると思っていて、その中でお互いの考えを出し、お互いの抱いている考えを、互いが認識できれば良いと思っている。
答えは一つでは無くて、お互いが自分の考えを出し尽くしたところで、終われば一番良いと思っている。
そして、これが相互理解のための、一つのプロセスだと思っている。
ブロッグのトラックバックなどは、それが本当に上手くできる可能性を持っているのだけど。

しかし、実際はそうならないことも多い。
少しでも自分の意見と反すると、人格を否定されたと感じるのか、その後で主旨と全く関係無い個人攻撃が返ってくる。
それこそが、相手の意見に対して、失礼ではないのかと私は思っているが、相手からすると、違う意見を書くこと自体が失礼なのかもしれない。


いつのまにやら長くなり、この文章の趣旨が、さっぱり見えなくなったので、要点を。

個人攻撃はしていない。
誰も否定していない。
貴方を否定していない。
どんな意見も十分に一意見として尊重している。
だから真面目に書いている。

皆違うんだ。
それが当たり前なんだ。
それを忘れると、殻に篭ったようになっちゃうんだ。


これ要点だけで、文章成立したんじゃ・・

世の中には沢山のクレームがある。
あれができない。
これができない。
これが悪い。
あれが悪い。

その中の多くのクレームは無知によって生まれる。
私は知らない。
でもこうなんだ。
できないんだ。
とにかくおかしいんだ。

無知な人間ほど、原因を理解できず、原因究明に協力せず、それでいて要求だけは高い。
そういう人間は、人にやってもらって当たり前だと思っている。
少しは自分で解決しようと思わないものか。

世の中には、サポートする場所が沢山あるけど、そういう所の人は大変だろう。
本心ではこう言いたいと思う。

「おかしいのは貴方自身だ。」

サポートを受けるときは謙虚に、そして冷静に。
そうすれば問題は解決する。
例え本当に問題が起こっていても、一番早く解決する。

私はサポートに対応を要求して、要求を通せなかった事が無い。
そして、サポートに怒った事も無い。
自分で調べて徹底的に裏を取っているから。

すんなり進むよ本当に。

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