自分根源: 2006年4月アーカイブ

あの頃なっていたかったものに、未だなっていない。
あの頃失ったものは、今だ手に入れていない。

10年前の自分の決意を思い出させてくれたイギリスの思い出。
この先の10年は、新しい決意を持ちなおして、この先を過ごしていこう。
この日記にも書かれなかった当時の気持ち。
あの時なろうと思った自分に、少しでも近づこう。

10年前のイギリスを書いたイギリス日記。
それを当時の文章のまま掲載しようと思います。

イギリス豆知識。その3 裏技

注・ 犯罪はやらないように。

ホームステイするより学校の寮にはいったほうが、楽しい、友達できる。
食事は学食で食べるとよい。
定期切れの罰金は金隠して持ってないフリすれば取られない。
トイレはマックで。もう常識。
外人女性は大胆。意外に日本人もてるよ。特にドイツ人に。
国鉄のキセル 可能。イギリス少年もやってたぞ。
裏本(向こうじゃエロ本) 隠してれば税関とおれる。
ロンドン夏でも夜は寒い。野宿は電話ボックスの中で。
トラベラーズチェックは銀行で替えよう。

第3章 遊び

9日 男のダチができたので、行動に幅ができた。というわけでイギリスのライブハウスへ。中は日本のより広かった。なんかライブ聞くとこと 飲んだりできるとこ別れてる。ゴムの自販と広いトイレが印象的。でライブはこんなもんでしょ。て感じかな。

で俺のつれが日本人大学生と知り合い、明日、明後日オアシスのビックイベントがあるとの情報入手。

そんで次の日 チケットを求めてさまよう。普通の店には無い。で うさんくさい店で「あるよ。」といわれる。9000円。本当は4000円くらいだが超人気のオアシスそれも明日のチケットとなれば2倍でも仕方ない。金払った。そしたら一時間後に取りに来いと言われる。「何故?ボッタ?」と思うが1時間後無事入手。おそらくダフさんと通じてて1時間でなんかしたのだろう。

それで当日 日曜日 7時にキングスクロス(地名)で待ち合せる。が イギリスの始発は遅い。7時過ぎに電車が動く。40分頃そこに着くとすでに待っていた。どうやら回送電車に乗ってきたらしい。

ライブ会場は遠い。金を浮かせようと定期で行ける所までいって、そこで降りてそこから切符を買おう。ということになる。(今思うと精算すればよかった。できるかわかんないけど。)その結果、45分を無駄にして浮いたお金150円。

目的地の駅に着く。そこからバスに乗り30分歩き会場到着。チケット本物か疑ってたが、無事に門を通過。

観客動員30万人(もしくは15万人)というとてつもないイベント それに来れて感動。席は自由席の中では前から5番目くらいに陣取る。これかなり運がいい。そして前座がスタート ここから13時間 立ちっぱなし 押し合い 潰し合い の戦いが始まる。

あくまで俺のまわりだが 脱落者は3分1人 さらに一番前の列の人脱落率10パーセント。そんな中 俺は前の奴がつぶれまくって最終的に前から2番目まで上り詰める。最後俺の前の奴つぶれたとき でかいデブに先を越されてしまう。残念。もうちょっとで1番前。

俺のよこに推定18歳才の美人で(ナンパイギリス男が何人もアプローチしてた)グラマーで トップレス のイギリスねーちゃんがいて なんか盛り上がってはねまくって 抱き付いてきたりした。それもずっと。もう音楽最高 ネーチャンサイコー。

というわけでりライブの流れを書くと1ク ーラシェーカー 2 良く分からん黒人 3 キャスト 4 リーゼントヘアーのボーカルの人 5 オアシス という感じ。 オアシスは前のバンド終わってから暗くなるのを3時間くらい待ってそれから始めた。まさしく大物って感じ。 良かったよやっぱ。多くはかかないけどね。

 

ロンドン市内に戻ったのは夜中 電車はストップ。帰れない。ダチは夜間バスで帰還。一人野宿決定。

電話ボックスで寝てるといろいろな人が話し掛けてくる。 まず「ベットほしいか?」と話し掛けられる。怪しいので断る。 次はテレクラのおじさんに追い出され「道路で寝なさい。」といわれる。その後 ミネラルウォーター飲んでたら「それちょうだい」といわれ 一口だと思ったら全部取られる。この国はあげるというと全部持ってってしまう。

 

月曜日 爆寝 そして火曜日 学校のイベントでパブとか行く。外人に「犯すぞ!」という言葉しこむ。

飛んで木曜日そろそろ金欠。 アビイロードに行く。 日本人の落書き多くがっかり。チャゲアス最高とかでかく書いてあったのは同じファンとして気分最低。飛鳥も悲しむぞ。

その日 学校の友人からナイトクラブ教えてもらって、行ってみる。シンガポールスリングとか飲む。

そこで何故かイギリス青年と黒人レゲエ風女性と知り合い何故かディスコ行くことになる。裏がありそうだったのでディスコのトイレに入りばっくれる。

その後中をふらふらしてたら今度は中国系の人と仲良くなり踊りを教えてもらう。 ナンパの手ほどきもされるが、外人ネーチャンに声かける勇気はなかった。英語しゃべれんし。

そのあとその中国系の人に 高級カジノに連れて行かれる。ジュースがただ飲みできるからだ。かなり場違いな雰囲気感じながらオレンジジュース一杯飲んでさっさと出てきた。ありがとう中国系の人。

電車が終わってたので再びダチはバスで帰り俺は野宿。電話ボックスで寝る。(2回目)

16日 学校最終日 二週間くらい同じ教室ですごした仲間と別れる。さびしい。

17日 世話になった人達にお礼を言い飛行場へ。空航でハンバーガー食ったのが 最後の買い物になる。結局1000円くらいしかお金余んなかった。 ああイギリスさようなら。 完

あの頃自分は何を考えて生きていたのか。

無謀っちゃ無謀すぎるように動いていたイギリスの生活。
あー海外旅行行くと、はじけて現地の男と遊びまくっちゃう女子大生と同じだな。

少なくとも、あの頃の経験は今の自分に影響を与えてる。
英語は未だまともに話せないなあ・・

10年前のイギリスを書いたイギリス日記。
それを当時の文章のまま掲載しようと思います。

イギリス豆知識。その2 遊び場所

庶民的で何かいい感じだったのがコペントガーデン
危ない感じなのがトッテンナムコートロード
ブランドっぽいのがピカデリーサーカス
高級すぎるのがハロッズ周辺
古着買うならカムデンロックマーケット
ナイトクラブはよい(未成年は酒を飲むと捕まる)
ディスコもよい 黒人はダンスが上手
ライブハウスはダークな雰囲気

第2章 買い物

4日もたつと新鮮さは薄れていく。もうずっとここにいたような気分。

お姉さん方と中華料理を食って ブランド店を回る。さすが女子大生。さすがに俺はシャネルの店にははいれなかった。高級すぎて

そんな感じでピカデリーサーカス周辺を回った。このへんいい。

5日目も買い物に走る。日本の物売ってる店で 少年ジャンプ購入 約700円 俺、あほだ。ちなみにこの国には漫画というものが存在しない。期待してたのに。

7時からテムズ川を船で下りながら踊って飲もう。というイベント。イギリスの大学ではこういうイベントが数多く用意されている。1000円も払えばダンスパーティーやら飲み会やらがんがん参加できる。日本じゃメンツ集めるだけで一苦労なのに。それにみんなノリいいし。

 

8月になった 大英博物館の前の喫茶店で食事したときのこと。サンドイッチ一つとオレンジジュース2杯で2千円くらい取られた。語学力もなく相場わからない俺に抵抗はできなかった。さらにその定員お釣を少なくわたしやがった。わざとだろう。さすがにそれは文句言ったが。 なめられてる 石投げてやろうと思ったが、 捕まりたくないのでやめた。畜生 大英博物館の正面からまっすぐ2、3件めくらいにある喫茶店め!!

次の日 ポールスミスのセールやってた。買おうと決心してトラベラーズチェックで払おうとしたが パスポート無いと使えない と言われる。あんなもの持ち歩けるわけない。服を買い損ねた。

3日 ピカデリーサーカス周辺うろうろしてたら服屋と思って入った店がゲイの店だった。犯されると恐怖して速攻店から逃げた。そういえば せつなそうな瞳でみられたような。

ステイ先に新しい人が来た。最初の子はイタリアの女の子 年は同じくらい。彼氏と一緒にホームステイ申し込んだらしい。てめえ帰れ。って感じだったが。2日もするとなんか別の人になった。イタリア人男だ。こいつが結構悪者でホストのいない所で国際電話かけまっくたりしてた。

日曜日 カムデンロックマーケットに行く。まさにフリマーの聖地 それも安い。 2000円くらいしか持ってなかったのを後悔。それでも シャツ2枚ほど買えた。

5日 学校の方にも新しい人が来た。 タメの男と知り合う。ずっと女しかいなかったんでよかった。でその日はそいつとその辺の店ふらふらする。なんかイギリスのことスッゲー好きらしい。詳しい。

トラベラーズチェック換金する。手数料で2000円ほど取られる。大損 。やっぱ銀行でやりゃよかった。

6日 ストライキ 学校いけない その辺のスーパーマーケット行ったりする。 メロンが安い。でかい。味はいまいち。

8日 定期が切れてるのに電車に乗り 罰金2000円。まさかイギリスで罰金食らうとは、、

ホームページを整理していたら、とっても懐かしいものを発見した。
もう無くしたと思っていた、昔のホームページのファイルだった。

実は私がホームページを作り始めたのは、まだ学生の頃。
かれこれ7年も前の話。

当時はブログやらそんなものは無かったのだけど、書くネタもなにも無かった私は、定期的に日記のような自己主張のような文章を書いていた。
今も同じようなことを書いているのだけど、その当時作っていたそのホームページも、そんな感じで2年ぐらいは続いていた。

その初めて作ったホームページで、私が初めて載せた日記が、高校2年の夏に海外留学に行ったときの日記だ。
私の歴史の中で初めて書いた日記がそれで、非常に思い出深いものになっている。

10年前のイギリスを書いたイギリス日記。
それを当時の文章のまま掲載しようと思います。


イギリス生活 1996

イギリス豆知識。その1 重要なこと

人は親しみ込めて名前で呼ぼう。
タクシーは乗り心地悪いし、ボる。
油断するとパくられる。
水はぬるくしょっぱい。 朝はパンと紅茶だけ。牛乳の味違う 。
地下鉄安い、トイレない、ストライキする、始発が遅い。
国鉄 激高い。本数少ない。
辞書は必ず持って行こう。
ゲームは一回200円
J・・B値段のわりサービスが、、

第1章 異国

7月27日成田からイギリスへと立つ。初の飛行機、初の海外ということだが、まあなんてことない。

なんだかんだいって12時間はながかったようだ。 だるい 。 しかしホームステイ先に電話しなければならない。小銭がない。使いかたわからないというわけでけで1分の会話に500円近い投資をした。この時のどさくさでアドレス帳をぱくられる。

電話した。 通じない まあ仕方ない。しょせん外人に日本語分かるわけがない。それより迎えのタクシーが来ない。「ちくしょうJ..B 高い金払ってんのに 。」と自腹でタクシー乗る。

一万円取られた。日本人だと思って。本当なら3、4千円らしいが。(ちなみに地下鉄で行ったら1200円)まあそん時の俺は値段交渉する気力も無かったし、ぼったくりって分かってたけど ああ 。だからチップは払わなかった。

ホームステイ先にはおばさん一人暮らし 夢敗れる。まず自己紹介をした。で名前覚えなかった。だから最後までこの人の名前わからなかった。おかげでこの人とは気まずかった。 ああやれやれ

 

2日め 初めて迎えるイギリスの朝。 紅茶にトーストに牛乳にコーンフレークの朝食。ああ物足りない。牛乳口に合わないし、コーンフレークはプレーンだし。毎日これだったけどね。

留学中 学校に行くことになっていた。「駅降りてハンバーガーショップの方に学校があるよ」の一言だけで行かされだ。放任主義。もしくはビジネス。定期を買った。これがいい。電車もバスも乗り放題。さすがチューブ。かっこいい。中がほんとに丸い。そのぶん狭い。日本じゃ無理。

トッテンナムコートロードというとこで降りた。ちょっとやばめで 大人のおもちゃ屋やストリップみたいなのがたくさんある所だった。それは夜のお楽しみとして、ゲーセンに行く。

バーチャ2 一回200円。 勝った。イギリス少年相手に3連勝。日本じゃ勝てないのに。

学校の場所発見。目的完了。大学ということだが キャンパス無い。 というよりバーガーキングの上の階にあった。

腹が痛くなる。ト、トイレどこ?と地下鉄の駅に足早に戻って聞くと ナッシング といわれる。この国の地下鉄にはトイレがない。国鉄にはある(有料)。 とまあピンチになったがさすが日本人、マックに行けばあるじゃないか。とマックですます。これ以後困ったら?マック。

帰り途中イタリア人に道を尋ねられる。なぜ俺に?とおもうが答えてやった。 勝った、、、?と心で思う。

ホーム先の家でプレゼントをわたす。折り紙を教えた。できないらしい。味噌汁は大嫌いらしい。

9時ごろ寝る。ロンドンの9時は明るい。日本の4、5時くらいの明るさだ。でもやること無いし。テレビも見せてくれないし。

 

3日め 今日は地下鉄ストライキの日。ああ迷惑。この後も何度となく、邪魔される。

良く分からないが車で知らない人に途中まで送ってもらい、学校に着く。

学校では実力判定試験があり、見事最低ランク。ま、とうぜんか。どうやらイタリア人と日本人は英語弱いらしい。とりあえずそこで2週間程勉強することになる。

授業終了後 知り合った日本人女子大生達と食事に行く。一人超美人だった。うれしい。

その後かの有名な大英博物館に行く。何とただ。でいろいろ見た。ような気がする。

その後 美人女子大生さんのホストファザーに車で送ってもらい帰宅。俺じゃ無理。さすが美人。やっぱ世界共通?

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