ホームページを整理していたら、とっても懐かしいものを発見した。
もう無くしたと思っていた、昔のホームページのファイルだった。
実は私がホームページを作り始めたのは、まだ学生の頃。
かれこれ7年も前の話。
当時はブログやらそんなものは無かったのだけど、書くネタもなにも無かった私は、定期的に日記のような自己主張のような文章を書いていた。
今も同じようなことを書いているのだけど、その当時作っていたそのホームページも、そんな感じで2年ぐらいは続いていた。
その初めて作ったホームページで、私が初めて載せた日記が、高校2年の夏に海外留学に行ったときの日記だ。
私の歴史の中で初めて書いた日記がそれで、非常に思い出深いものになっている。
10年前のイギリスを書いたイギリス日記。
それを当時の文章のまま掲載しようと思います。
イギリス生活 1996
イギリス豆知識。その1 重要なこと
人は親しみ込めて名前で呼ぼう。
タクシーは乗り心地悪いし、ボる。
油断するとパくられる。
水はぬるくしょっぱい。 朝はパンと紅茶だけ。牛乳の味違う 。
地下鉄安い、トイレない、ストライキする、始発が遅い。
国鉄 激高い。本数少ない。
辞書は必ず持って行こう。
ゲームは一回200円
J・・B値段のわりサービスが、、
第1章 異国
7月27日成田からイギリスへと立つ。初の飛行機、初の海外ということだが、まあなんてことない。
なんだかんだいって12時間はながかったようだ。 だるい 。 しかしホームステイ先に電話しなければならない。小銭がない。使いかたわからないというわけでけで1分の会話に500円近い投資をした。この時のどさくさでアドレス帳をぱくられる。
電話した。 通じない まあ仕方ない。しょせん外人に日本語分かるわけがない。それより迎えのタクシーが来ない。「ちくしょうJ..B 高い金払ってんのに 。」と自腹でタクシー乗る。
一万円取られた。日本人だと思って。本当なら3、4千円らしいが。(ちなみに地下鉄で行ったら1200円)まあそん時の俺は値段交渉する気力も無かったし、ぼったくりって分かってたけど ああ 。だからチップは払わなかった。
ホームステイ先にはおばさん一人暮らし 夢敗れる。まず自己紹介をした。で名前覚えなかった。だから最後までこの人の名前わからなかった。おかげでこの人とは気まずかった。 ああやれやれ
2日め 初めて迎えるイギリスの朝。 紅茶にトーストに牛乳にコーンフレークの朝食。ああ物足りない。牛乳口に合わないし、コーンフレークはプレーンだし。毎日これだったけどね。
留学中 学校に行くことになっていた。「駅降りてハンバーガーショップの方に学校があるよ」の一言だけで行かされだ。放任主義。もしくはビジネス。定期を買った。これがいい。電車もバスも乗り放題。さすがチューブ。かっこいい。中がほんとに丸い。そのぶん狭い。日本じゃ無理。
トッテンナムコートロードというとこで降りた。ちょっとやばめで 大人のおもちゃ屋やストリップみたいなのがたくさんある所だった。それは夜のお楽しみとして、ゲーセンに行く。
バーチャ2 一回200円。 勝った。イギリス少年相手に3連勝。日本じゃ勝てないのに。
学校の場所発見。目的完了。大学ということだが キャンパス無い。 というよりバーガーキングの上の階にあった。
腹が痛くなる。ト、トイレどこ?と地下鉄の駅に足早に戻って聞くと ナッシング といわれる。この国の地下鉄にはトイレがない。国鉄にはある(有料)。 とまあピンチになったがさすが日本人、マックに行けばあるじゃないか。とマックですます。これ以後困ったら?マック。
帰り途中イタリア人に道を尋ねられる。なぜ俺に?とおもうが答えてやった。 勝った、、、?と心で思う。
ホーム先の家でプレゼントをわたす。折り紙を教えた。できないらしい。味噌汁は大嫌いらしい。
9時ごろ寝る。ロンドンの9時は明るい。日本の4、5時くらいの明るさだ。でもやること無いし。テレビも見せてくれないし。
3日め 今日は地下鉄ストライキの日。ああ迷惑。この後も何度となく、邪魔される。
良く分からないが車で知らない人に途中まで送ってもらい、学校に着く。
学校では実力判定試験があり、見事最低ランク。ま、とうぜんか。どうやらイタリア人と日本人は英語弱いらしい。とりあえずそこで2週間程勉強することになる。
授業終了後 知り合った日本人女子大生達と食事に行く。一人超美人だった。うれしい。
その後かの有名な大英博物館に行く。何とただ。でいろいろ見た。ような気がする。
その後 美人女子大生さんのホストファザーに車で送ってもらい帰宅。俺じゃ無理。さすが美人。やっぱ世界共通?