無駄仕事

| | コメント(0)

仕事が大変すぎて大変という人は多い。
毎日14時間労働で死にそうという人も多い。
たぶん多い。

しかし、たとえ20年前と比べても、殆ど全ての生産能力や作業効率は、
数倍、もしくは数十倍に上がっていると思う。
情報伝達の速度も、同じくらい上がっていると思う。
PCは普及していて、今や使えて当たり前だし、
ソフトウェアによる管理が洗練されるほどに、事務的な処理は、
どんどん楽になるはずで、そういう効率も、上がっているはずだと思う。

なんでもかんでも良くなっているはずなのに、大変になっている。
それは何故かと考えた時に、こんな結論にたどり着いた。

「多くの人が実質的に無駄になる仕事をがんばってやっているから」
つまりは、仕事の為の仕事というのが、結局は多くなってるという事だと思う。

今は競争社会と言われている。

たとえば、3つの会社があって、全部で10の仕事をやってれば、
誰も困らない状態になれるとする。
しかし、効率があがって3倍強の仕事がこなせるようになる。
そこで一つの会社が10の仕事を我が物にしようと、一生懸命売り込んだり安くしたりする。
自分の所だけで、10をこなせるように、必死に頑張るとする。
そうなると、2つの会社はそれに対抗するために、やっぱり一生懸命売り込んだり安くしたりする。
そして、やっぱり自分の所で10をこなせるように、必死に頑張るとする。
もともと10の仕事しかない所で、30の仕事をこなせる状態になってしまう。
しかしながら、頑張らないと仕事が0になって、死活問題なので、それでも頑張る。
そうなると、仕事の為の仕事を、たくさんやるようになって、しかも3回に1回は、全くの無駄になる。
そんな競争でかかった経費は増えて、競争のせいで利益は取れなくて、一人一人の仕事は増えて、大変になる。
その仕事を提供される人は、競争の恩恵は受けるけど、結局は自分が働く方に回った時に苦労するので、得でもない。
そんなスパイラルじゃー無いだろうか?

3だったものが10をこなせるようになったら、もう3しか働かない。
それで利益が同じだったら、もう働かないで皆でだらける。
だらけて暇ができた時間で、文化とか交流とかそっちに目覚める。
それじゃ駄目なんだろうか?とヘタレな私は考える。

といっても、それだとグローバル社会だから世界の競争に負けるとかなんとかあるとは思う。
それに、今のPCはまだエネルギー効率は悪いし、そもそも色んなもののエネルギー効率は悪い。

ただ、今のペースでデジタル化と省エネが進んでいけば、例えば電気の世界では今の半分のコストで、
2倍のエネルギーを生み出せるようになるのも遠くない。
それは、電気代が4分の1で、今よりも良い家電に囲まれる世界ということになる。
そうなると、誰もが快適な生活を得られやすくなっていく。
というか、いかないと困る。

そんな世界になっても、やっぱり苦労に苦労を苦労するもんなのだろうか。

とりあえず、エネルギー対策と食料対策。
この効率化がある点まで進めば、そんなに競争しなくても良くなる。
と思いたいけど、世界は日本だけじゃないから、そうはならないような気もする。
とことんまで競争をし続けて、仕事の為の仕事は、またずーと増えていくんだろうさ。

今日もチャリに乗って行動。
信号で止まって動けない車をガシガシ抜いて、さくっと市役所に付く。
使える車はあるんだけど、例えお金があっても自分で車は欲しいと思えないんだよねやっぱ。
未来が予測できるんだよ。

高級車を買う→事故る→殺人者になる
普通車を買う→事故る→文無しになる
軽自動車を買う→事故る→死ぬ

欲しいとしたら軽なんだけど、まあそんなに欲しくないんだ。
それにさ、なんていうかさ、排気ガスうざいよね。
エコ考えないやつって、地球人として失格だよね。

そんでもって、市役所で県市民税を払う。
3万円出したら、1000円帰ってきたよ。
延滞料金も1000円とられたよ。
いやでも安いね。やっぱ所詮埼玉県で市だからさ。
東京の都民とかだったら、都民って名乗れるけど10万円取られてたね。
かの伝統の京都だったら、もう別格だけど50万円取られてたね。

この市民税で、水上公園の監視員雇って、プールで市民の安全を守るんだね。
桶川殺人事件のような頑張った捜査とかして市民を守るんだよね。
人として大切な事だと思うんだけど、やっぱ市民税払わないやつって、市民としてクズっていうか、住む資格無いよね。

帰ってきて、ちょうど工事を行った光回線の設定をする。
今までの3倍の上がりと下りの速度を手に入れたわけだ。
すごいねCATVのコストパフォーマンス。
いやね、速度がすべてじゃないんだよ。
ただ回線が途切れるのが嫌だっただけなんだ。

ずっと前から思ってたんだけど、やっぱ光使わないのは化石人間だよね。
今の時代を生きるに値しないよね。

「俺は上!お前は下だ!」はJ.Pポルナレフというか、荒木氏の名言中の名言だね。
人ってのは、その立場によって、自分を優位に変換する事ができるんだよね。

己を知る

| | コメント(0)

己を知る

通い始めたスポーツジムにて、今の自分を調査してもらった。
それを踏まえて対策を練らなければならない。

まずは、絶対的に体重と、体脂肪が多くなっている。
BMI指数的に言えば、肥満に入ってくる。
内臓脂肪は、さほど多くは無いので、外に出ている脂肪が多いという事になる。

基礎代謝は、体系にしてはやや低めで1770kcal。
筋肉は、足も手も、標準以上ではあるけど、脂肪を考えれば十分ではない。
足の方が筋肉の比率が多く、どちらかといえば、上半身がまずい。

体力測定で、74歳並みという、脳年齢より酷い結果を出しており、全体的に疲れやすい体になっている。
もともと、現役バリバリに運動していたときから、異常なほど疲れやすい体だったから、何かあるのかもしれない。

水分量と、骨量は適当ではある。
これは、現状維持に努める必要がある。

ここ2ヶ月のスポーツジムは、まずは慣れるという程度でしか動いてない。
急に激しすぎる運動をして、間接を痛めてもしょうがないので、ストレッチと軽い運動を中心に行っていた。
これからは、そうではない。

スポーツジムに確実に行けるのは、週1日しかなく、あとは、日ごろの有酸素運動をどこかで補足する必要がある。
というところから、はじめるわけだ。

対策を大きく分けるとこうなる。
1 筋肉を付ける事で、基礎代謝を上げる。
2 有酸素運動で、脂肪を燃やし、体力の向上を図る。
3 水分補給、栄養補給は、適度に行い、食べすぎは避ける。

この3つを元に考えていかなければならない。

まずは1。
筋トレ自体は、週1回のトレーニングを抜かさず行えれば、それなりに効果は出る。
ただ、その一回をいかに効率的に行うかが大事になる。
たとえば、運動後に何かを摂取する事で、筋肉がつきやすくなるなら、それを考える必要はある。
また、週の半ばぐらいには、補足としてトレーニングを行っても良い。

そして2
有酸素運動は、週1回では、なかなか効果が出難いという問題がある。
せめて、ジムにいける日以外で、どこかで行う必要がある。
また、運動時に何かを摂取する事で、脂肪の燃焼を助けてくれるなら、それを考える必要はある。

そして3
水分補給はこの2月で、それなりに改善した。
食事などの栄養補給は、これは、気を使う必要がある。
外食がどうしても多くなってしまうので、カロリーを多く取りすぎてしまわないように注意が必要。


これらを考慮して考えてみた。


・週1のスポーツジム時

アミノ酸を取得
ジョギング(数分)
ストレッチ(10分)

無酸素運動(1時間)
ホエイプロテイン取得(筋トレ後30分以内)

休憩

有酸素運動(25分)
ストレッチ(10分)

アミノ酸は、運動と組み合わせると脂肪の燃焼を助けるらしい。
有酸素運動と、無酸素運動では、どうやら、無酸素運動を先にやるのが良いらしい。
筋トレ後30分以内にプロテインを取得しないと、効果が無いらしいので、それを取って少し休むのがいいのか?


・週1のジム以外の筋トレ

夕食後ってか、帰宅後
ストレッチ(10分)
筋トレ(20分 腕立て、腹筋、スクワット 2セット)
ホエイプロテイン取得(筋トレ後30分以内)

プロテインプロテイン!

・週1、2回の有酸素運動


アミノ酸を取得
ストレッチ(10分)
ジョギング(25分)

朝走って大丈夫かな・・
有酸素運動は、朝が一番いいらしい。


・毎日ストレット

ストレッチ、寝る前に10分

・食事は

夜に食べ過ぎないで、お菓子食べ過ぎないで、水はしっかり取る。
たんぱく質は取る。
3色食べる。
低脂肪乳を毎朝飲む。


これ、全部出来たら、絶対成功するとは思うんだけど。
ガンバろう。

記憶2

| | コメント(0)

記憶喪失って言葉がある。
例えば、長年連れ添った人がいて、その人から自分の記憶が消えてしまう。
その人はその人だけど、もう自分と共に生きた事を覚えてない。
人格さえも、以前と変わってきているように思える。
それは、今でもその人だって言えるのだろうか。

人とは、身体なのか、精神なのかって考える。
肉体に傷が付いてしまっても、年をとって面影を失ってしまっても、精神健在であれば、きっとその人だって思える。
じゃあ、肉体は変わらず、精神が変わってしまったら、それは、その人だって思えるのかどうかと言われたら解らない。

たとえば記憶を失っていたとしても、外見や性格や癖みたいなものが変わっていない人、それが恋人だったとしたら、それは本人だと思えるかもしれない。
むしろ、都合の悪い事を、忘れてくれてほっとするかもしれない。
だけど、今までの自分を忘れてしまわれて、悲しいと思うことが多いだろう。
それまでの自分は、その恋人の中には存在しなくなっていて、その恋人は別の人間になってしまったと感じるのではないだろうか。

死んでしまった人の精神は、その肉体には存在しなくなる。
だけど、その肉体は本人であって、他の誰のものでもない。
また、その人の言葉や心は、また別の人の心で生きるかもしれない。
だけど、その別に人の心の中の精神は、もうその人のものなのではないだろうか。

人とは、肉体なのか、精神なのか。
それは、記憶によって作られる偶像なのか。

記憶

| | コメント(0)

一番最初の記憶ってのは、なんだったかと考える。

幼稚園の入園式の事は覚えてる。
入り口でチャリに轢かれそうになった。
自分としては完璧に避けたつもりだったので、実際怪我とかはしてない。
3歳と8ヶ月ぐらいの時の記憶はあるってことだ。

そのちょっと前にバイオリンを始めてる。
初回のレッスンで、ラミレソの音を聞いて、それで音の高さを習得した事を覚えてる。
その音をずーと覚えてて、楽器のチューニングも耳でやってたから、そんときに絶対音感というものを習得したってことになる。
最近は、ちょっとずれてるけど、7年も楽器弾いてなきゃね。
といっても、正しい音程の楽器であれば、ちゃんとわかる。(安い電子楽器はズレまくってるから、音階を聴いて把握しないと、半音ずれる。)

その半年ぐらい前に、兄が既に同じ幼稚園に行ってて、その祭りに行った記憶はある。
水風船釣りとか、そういうのをやって、できなくてブチ切れたりしたような気がする。サービスで貰ったかどうかは覚えてないけど、帰りには手に持っていた。
入園者だけにジュースが渡されて、それが貰えなかったからブチ切れた気がする。
なんか良く解らないけど誰かがくれて、満足したのだけど、どうやら周りの人間が気を使って、貰えたらしい。
という事は、3歳になった頃の記憶はあるってことだ。

初めてかどうかは知らないけど、金を渡された時の記憶はある。
祖父の家で、兄だけがアイスを食していたのに、ブチ切れて「兄も買ってきたから、自分で買って来い」となって100円を渡された。
近くの店に行って、アイスを覗いた所、50円のアイスしかなかった。
おつりという概念を知らなかったので、「100円じゃ余ってしまってもったいない。この世の中なんて不便なんだ」と思い、アイスを2本買ってきた。
帰ってから、「兄はちゃんとお釣りを貰って来た」と言われ、初めてお釣りというものを知った。
その幼稚園に入る前の自分は、お釣りは知らなかったけど、50円が二つで100円という事は知っていたらしい。

自分の記憶にある自分は、最初から日本語を全て理解していたつもりだったし、お金の計算も簡単なものなら、出来ていた。
右と左は理解してなかったけど。
そんな自分が英語が未だに理解できないのは、なんでだろう。

自分の最初の記憶は何なんだろうって考えたけど、それはあいまいすぎて覚えてない。
ただ、どうにも天才だったことは確かなようだ。
3歳児ってのは大人から見ると、そんな事を考えているようには見えないけど、記憶をたどっていくと、そんなものなんだと思う。

そしてその最初の記憶のもっと前、その意識はどこにあったのだろう。
何も無かったのか、それとも、別の生物として人間として、ちょうど死ぬ所だったのか。
前世があるって信じてるわけじゃないけど、この意識が消えたときは、ほんとどこに行くんだろ。

<<前のページへ12345|6|78910 次のページへ>>

このサイトについて

サイトについて、詳しくはこちらに書いています。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.22-ja

Photo付き記事

最近のコメント