Xbox Game: 2004年10月アーカイブ

レーティング
それは、相対的な判断基準の事を指します。
主に株式市場の、個別企業に対して下した投資判断の相対的基準として使われるようです。
偏差値のようなものといってしまえば良いのでしょう。

XBOXのとあるゲームには、この基準が採用されています。
それはファントムダストと呼ばれるゲームです。
このゲームは戦略を構成するセンスと、実戦闘でのアクションのセンス、そして運の良さ。
又、敵との相性、チーム戦では味方との相性と、様々な要因が絡みあい、それが勝敗に繋がるゲームです。
そういったゲームにこのレーティングという基準が常につきまとう事になります。
常に、自分の実力を数値化されてしまうのです。

このゲームはおそらく、勝率を上げるだけなら、比較的簡単にできるゲームです。
相手が力を出せず、自分が力を出せるタイプのデッキを作ればよいのです。
こだわりや遊びの一切を排除し、徹底的に勝利を追及したデッキをつくればよいのです。

しかしながら皆が皆そこまでがっつりと勝利を求めているわけでは在りません。
自分の構想をどれだけ反映できるかを喜びと感じる人間もいます。
それでも、その結果として余りにもレーティングが下がってしまうと、どうしても気になってしまいます。
私もその一人で、様々な要因から下がってしまった数値を、機械的に突きつけられると、あまりに自分は弱々しい存在なのではないかと、凹んでしまいます。


体験版から、かなりにプレイ数をこなしている身としては、10勝そこらしかしていないプレイヤーに比べて、例え数値上で200劣っていたるとしても、負ける気はしません。
しかし、他人からは数値でしか判断できないので、その時に数字で劣っていたら自分は弱者となってしまいます。
こいつは下手糞なんだと、他人から判断され、貴方は下手糞ですと、機械に押し付けられると、なんだか自分がこのゲームをプレイする事は、悪い事のように思ってきます。
実際の所、別に下がっていようが上がっていようが、生活に何の関係も無く、対した問題ではないのです。
それでも、気になってしまいうのです。

強いチームと対戦し、味方とも息が合わず、徹底的に敗北し続けた私のレーティングは700前半にまで落ちました。
その後、1on1やバトルロイヤルで、好成績を収め、次の日には900後半まで上がりました。
これはなんなんでしょうか。
私は別に急に強くなったわけでもなく、同じような実力で戦っていただけです。

気にしなければ良いんです。
普通の数値の時は気にならないんです。
でも、700まで落ちてしまうと、相当数試合をこなしている人間としては、気になってしまいます。


無ければ良いのに。

人は何故、他人がまだ知らない事を先に知ってしまうと、それを伝えたくなってしまうのだろうか。
それが他人にとって迷惑千番な事だと解っていたとしても。

つまる所、ファントムダストのオフラインストーリーをクリアしました。
オンラインの猛者にとっては今更なことでもあり、普通の方からすれば少し早めなことでもあり、つまりストーリーの感想はまだ話すべきではない事ではあります。

しかしながら、今後一切やることが無いだろうオフラインのことを、今のうちに語ってみたいのが人情と言う奴です。
もちろん、読んだ方が具体的な内容を理解できずに興味だけ湧くように書く事も人情という奴ですね。


このゲームをクリアして私が抱いた感想は、「人とは何か?」という事。
私が昔から抱いていた疑問で哲学的な答えの出ない自問自答の繰り返し。
おそらく開発者も同じような自問自答をしていたのではないか。

例えば今の自分の意識が自分のクローンにそっくりと移ったとする。
それは自分自身なのか?
それとも自分の意識をもった他人なのか?
それとも別の第3の生き物なのか?

前世を信じる人がいる。
勿論信じない人もいる。

自分が自分である前の自分の意識は何だったのか?
今この日本に人間として生まれ生きている自分の意識は何処へ消えていく?
そもそも意識をもっている生物はどれだけいるのだろう?

有名な和尚である一休の名前の由来は存知の通り。
この儚い人生はほんの一休みの出来事に過ぎないという。

ならばあの世はあるのだろうか?
それともいつのまにかまた違う生き物の意識になるのだろうか?
それとも永遠に眠りつづけるのだろうか?
今の世界は自分が消えてしまえば、自分の意識から全て消えてしまうものなのか?

これだけ技術が進んだ時代でも、99%の生物学者は地球に命を誕生させたのは神であると信じている。
それだけ今の状態が奇跡的な確立で維持されているから。

ならば神が作った世界の1つのパーツとして自分が生きているのだろうか?
真実の世界は、神が夢見た一瞬の幻なのではないだろうか?

答えは何一つ解らない。
誰一人解らない。

例えこの世が亡霊の塵だとしても、ここに今確かに自分の意識はある。
それだけが真実。

繰り返す自問自答。
答えはきっと最後に解る。
解らないかもしれない。

このアーカイブについて

このページには、2004年10月以降に書かれたブログ記事のうちXbox Gameカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはXbox Game: 2004年9月です。

次のアーカイブはXbox Game: 2004年11月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別記事

Powered by Movable Type 4.1

最近のブログ記事