娯楽

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人類が発明した中で、一番の娯楽は言葉だと思う。
だから漫才は続いて、詩や俳句は生まれ、毎年流行語は生まれて消えて、ブログやツイッターは生まれ、アナウンサーは職業化され、ニコニコ動画にコメントが貼れたりする。

最も危険なのも言葉だと思っていて、だから本音と建前のバランスはいつだって難解だ。
建前の言葉には、何の面白みも無いと思いつつ、意図を理解しつつも感情で良しとしてとしまう。
本音の言葉の鋭さと個性に、魅力を感じながら、意図を理解しつつも感情を害してしまう。
危険さを理解しつつも、あえて鋭く発することで、リアクションに恐怖しつつ、それを楽しむような事もある。
だからこそ一番の娯楽であって、飽きずに言葉の使い道を開発し続ける。


言葉を言うときの人間が、心の中で抱く感情は、人それぞれ違うと思う。
例えば、建前を使う時の感情が、配慮なのか、常識論なのか、礼儀作法なのか、上辺なのか、逃避なのか、我慢なのか。
その自らが使う言葉で我慢をしている人間は、概ね我慢の無い他人の言葉を許せなかったりするけど、逆に好意を感じる人もあり、パターンが多様にあって厄介だ。


言葉について絶対と思っている事は、100%言葉を使いこなせる人間などいないという事だ。
1%の過ちで自分の全てを失う立場でも、使いこなせない。
だから、実はあまり言葉を信じていない。
放った言葉の100%も、放たれた言葉の100%も信じてはいけない。


嫌いな言葉は流行語だ。
いや、流行語という発明品自体は、決して嫌いではない。
慣用句のように使われて残っていくならば、それは素晴らしい。
ただ、流行から半年経つと古臭い言葉と認識される。
流行と関係なく使っていた言葉さえも、古臭い言葉と認識され、その言葉が使いにくくなる。
お笑い芸人の真似などしているつもり無いのに、使いにくくなる。
これは、流行語による言葉狩りで、だから流行語になると困る。
最近では、「どうだろうか?」という言葉が使いにくくなった。


日本で最も有名な演説といったら、ギレン・ザビの演説だろう。
演説こそ言葉による最高の娯楽だ。
ギレンのような素晴らしい演説が出来る政治家が現われれば、きっとそれが上辺だとしても、魅力されてしまうに違いない。

ここまで言葉をテーマに6つ書いたけど、その気なれば一つ一つを推敲して、1週間日記に書き続けることが出来るだろう。
それをしないのは、これはただの娯楽だからだ。
言葉を文章にするという欲望だけを大事にした、ただの娯楽だからだ。

ちゃんと読んでもらおうと思ったら、こんな感じで書いてはいけないの良い見本だ。

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このブログ記事

2010年3月25日 21:39 by suka

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