現実の絶対音感

[ 音聴 ]
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流れる音楽や楽器によって、同じドの音の高さだって微妙に変る。
そんなこと言っても通じないかもしれないけど、本当の話。

絶対音感という言葉が一人歩きしている気がする。

全ての音が音階に聞こえるとか、そんな話。
私からすると、そんなことは絶対にありえない。
音階に聞こえる音は、とある周波数に留まっている音だけで、その中間であったり曖昧であったり、ごちゃ混ぜになっている音のほうが、よほど多い。
それが音階として聞こえる訳が無いと思う。

最初に書いたけど、そのとある周波数も微妙にずれるだけでずいぶん違う音になる。
ちょっと高くなっている音は、非情に明るく響きが強い。ただ、上げすぎると嫌らしく安定しない崩壊しそうな音になっていく。
ちょっと低くなっている音は、大人しくどっしりと懐かしい音。華やかさはないけど、落ち着きがあって、ノスタルジーを感じる。

低いドと高いドを、低いドを基準として頭にいれていると、高いドがド#音ぐらいに聞こえる。
だから、楽器ごとの傾向を掴まないで判断しようとすると、その微妙なずれで、半音ずれて判断してしまう。
低いドを基準とした、ドレミファソラシドは、高いドでは、ド#レ#ファファ#ソ#ラ#ドド#ぐらいに聞こえる。
ただ、楽譜上は同じになっているはずで、だってこんな#だらけだと読みづらくてしょうがない。。

バイオリンの音は比較的低めの階調で、ピアノは中間が多い。安物のキーボードは甲高い。
ハーモニカは低めが多いと思うし、エレキギターとかは高めだと思う。
といっても、そういう音っぽくきこえる事が多いだけで、ほとんどは中間。
そして、私は安定感のある気持ち低い音の方が好きで、飽和しそうな高い音は嫌い。

ついでに言うと、私の絶対音感はかなり制約がある。
高すぎる音と、低すぎる音は判断が難しい。
低音は、大雑把になりすぎてぼやけていて、音の粒として感じられない。
高音は、倍音成分が多すぎて、音としてのまとまりに欠いていることも多く、非情に微妙な周波数のずれで音階が変るのだけど、そういう点で音の粒として感じ難い。
また、人間の声を音階化することができない。
人間の声を聞くときは別の能力を使っているという事だと思う。
それから、和音の場合は、メインとして力を持っている音を中心に聞き取ってしまう。
脇役の音は、集中していると聞こえるけど、自然に音を判断できる類ではない。

人間の声は、もしかしたら声楽をやっていた人間ならわかるかも知れない。
和音は、ピアノをやっている人間だと、その和を音として覚えているはず。
ただ、よほどの高音と低音は、ちゃんと音が立ってないと、混ざりすぎていて解らないと思う。

バイオリンを弾かなくなってもう6年。
音の感知能力は、たぶん落ちている。
ただまあ、音楽のコピーぐらいにしかもともと使い道は無い。

そういう意味で、絶対音感があると、カラオケが下手というのは嘘。
自分の音の高さを判断できるんだから。

それから、音感には相対音感というのもある。
これは例えば、ドレミファソラシドを瞬時にファソラシ♭ドレミファとかに変換する能力。
これは、カラオケでハモる時に使える能力。
音を3度上げて歌うのが、ハモりの基礎中の基礎。
それしかやってないデュオのアーティストもいるけど、同じ音で歌うよりはマシか。

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このページは、sukaが2006年7月21日 03:45に書いたブログ記事です。

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