最近は、古い中国の小説の読本に没頭していた。
詳細は、話の趣旨がぶれるのでよしとして、その記前年の中国の小説でも、政権をとるときは、非常に大儀という目に見えないものを、気にしていたことが解る。
人は、3000年前の昔から、大儀のある方に味方すると、決まっているようだ。
XBOX360は、日本で売る分には、どうしても大儀が立ち難いハードだ。
日本人は心の底では、最後は日本のハードが勝利することを望んでおり、例えばPS3が「今後10年の日本の技術を世界にアピールするためのハードです。」といったら、それは日本人にとって、非常に共感できる大儀となる。
ただ、このスローガンはあまりおおっぴらにやってしまうと、お得意先の米国や、世界に向けての販売に支障が出てしまうだろうけど。
それは、日本の視野が狭いわけでなく、どこの国でも同じようなことは起こるわけで、例えばXBOX360は、同意義で米国では売れるはずだ。
あまりに劣っている場合は、いくら国産と言えど支持は少ないが、今回のようなバランスの良いハードであれば、当然指示はするだろう。
日本で販売するためにMSKKが選んだ大義は、「ハイデフ」だった。
つまり、俺達がハイデフの世界につれてってやるから、ついて来いってことだ。
その浸透の是非はともかく、米国のハードであるXBOX360は、日本ではそういう切り口で、アピールするしかないのは、仕方の無いことだろう。
しかも、日本は世界有数のハイデフ環境を整備しつつある国であって、日本国民自体が、世界有数の画質に五月蝿い国なのだから、そこに視点を置いたのは、間違えとはいえない。
ただ、現実として去年末は任天堂の「ゲームを誰もが楽しめるものへ戻すために」という大儀が、ややこしい性能論へ付いていけなかった人を中心に層を広めて、一大市場を形成するに至った。
今はまだ、ハイデフ勢力より、ハイデフではない勢力の方が強く、携帯も広まった日本では、据え置きハードの立場が弱くなっているという事だろう。
時代の過渡期には、いつだってそういう事が起こっているが、だから今の日本のXBOX360は、ハイデフだけではなく、その誰もが楽しめるというものを、上手くアピールしていく必要があるのかもしれない。
ハード自体は、そういうニーズにだって、応えられる深さを持っているのだから。





コメントする