普通によくある日記というものを書いてみることにする。
実は、他所が書くような普通の日記という形の文章を書くのは本当に苦手なのだけど、だからこそ書いてみる。
昨日、せっかくの休みということで、とある電子機器の展示会に行き、その帰りに話題の秋葉原ヨドバシでも寄ってこようと考えていた。
前日は朝の8時半に寝ていたのだけど、ある程度展示会場で時間がとれるように11時出発を目処に、頭の中で計画を立てる。
9時の後半に一本の電話が入った。
祖母からだ。
「歩けないから病院に連れて行って欲しい。病院10時からだから。」
弟がその電話を受け、私にその旨を伝える。
あまりに眠いので、「10時半だったら、行ってやる」と弟に返事。
祖母はいつだって、こっちの都合を考えないで、わりとどうでも良いことでも頼んでくる。
戻ってきた弟の回答では「とにかく10時からが良い」ということだった。
弟はわりと婆ちゃん子なので、この辺の動きは速い。
とりあえず10時前に起きて2世帯住宅の1Fに住む祖母本人に一応会ってみる。
病院に行ってあげないと死にそうな顔をしていた。
老人というものは、ここぞという時には本当に死にそうな顔をする。
それは赤ちゃんが泣くということと同じようなものだろう。
赤ちゃんは自分で何もできないので、泣くことで回りの世界を動かそうとする。
老人は、その知恵と経験と、本能によって死にそうな顔をするのだ。
共通しているのは、泣いている赤ちゃんを放っておくと、死んでしまうことがある。
同じように、死にそうな顔をしている老人を放っておくと、死んでしまうことがある。
こういうときは、手伝ってやるしかない。
今回も本当に死にそうなのか、何とか車で病院まで乗せていって欲しいという必の演技なのかは解らない。
だけど、ここで死なれて祟られるのも寝覚めが悪いので、仕方なく運転手になることにする。
しかし、この眠さで運転すると、死亡事故になると思ったので、運転手にはペーパードライバーの弟を任命。
私は、その監視役として、助手席でだらだらしようと考えた。
本当は弟一人で行かせたいものだけど、おそらく事故になるだろう。
それはそれで非常にまずい。
当初は、徒歩5分の場所までの運転ではあった。
その病院にたどり着くと丁度よく休館日だった。
そこで、市内にある総合病院へと提案したところ、「混むから嫌」ということ。
2駅横にある病院へ連れて行ってとの祖母の懇願であった。
その病院は駅から非常に近いので、電車にさえ乗ってしまえば、行くことはできる。
しかしながら、それさえもままならないという表情をしていたので、仕方なく車でそこに行くことに。
こうなると展示会はもう無理だろう。
こうしてペーパードライバーの横に揺られて、新しい冒険が始まるのである。
さて、ここまでで時間にして25分。
やはり私には日記は無理らしい。





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