チーターが否定するもの

[ Halo2 ]
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何度とない対策の中、しぶとく存在するHalo2の強化プレイヤーであるチーター。
そもそも、チートとは、海外のソフトでおまけ要素として設けられているもので、例えばゴーストリコンでは、グレネードが鶏に変わったりもした。
つまりチート自体が悪いものなのではない。

先日出会ってしまったチーターと、非常に嫌々対戦していたのだが、敵も味方も通常のプレイヤーは、せっかくの試合がチーターの茶番劇に変わってしまったことでのお付き合いに呆れるばかりだった。

さて、そんな彼らではあるのだが、なぜ彼らはチーターであることに決めたのか考えた。
まず前提として、彼らの多くは現在のHalo2のレベルに付いていけなかったプレイヤーだろう。
それは、実際チーターとして対戦すると解るが、彼らは概ね未熟なプレイヤーであることが多い。
まれに熟練のチーターがいるときもあるが、その時は本当に手も足もでない。
したがって、彼らの多くは、上達するという行為を否定しているプレイヤーではある。


チーターの存在が許されるゲームは、少なくない。
基本的に、相手に迷惑さえかけなければ、チート自体は悪いことではない。
一人プレイのゲームは、基本的に全て許されるものだろう。

一人プレイのゲームは、たいていの場合、最後には自分が頂点に立てる。
もちろん、その過程は様々ではあるが、それなりに上達していくと、圧倒的な実力を持ってしまい、相手のCPUは対等な相手として見られなくなり、特に、RPGなどには、その要素が大きい。

チーターのプレイを見て感じるのは、それと同じような感覚でプレイしているという事だ。
つまり、チーター自身は圧倒的なプレイヤーで、他は手を抜いても勝てるCPUに過ぎない。
チーターは、相手が人間だということを否定しているプレイヤーだといえる。
自分のことだけを考えた結果として、チーターになったとも考えられる。

逆の視点で考えてもみた。
彼らの多くは未熟なプレイヤーだ。
とくに対人戦において、今のHalo2では多くの場合、自分が足を引っ張ってしまうと、自分以外のプレイヤーの勝敗にも関わってしまう。
もしかしたら、彼らは純粋にプレイを楽しみたいだけなのに、その実力の未熟さによって、チーターにならざるを得なかったのかもしれない。
考え方によっては、ゲームシステムが彼らを否定した結果としてチーターが生まれてきたのかもしれない。
その時の彼らは、人間を否定していない。
しかし、勝負というものや、ルールというものは十分に否定していることになる。


彼らがチーターになった理由。
それは彼が人間を否定したためか、彼をゲームシステムが否定した為か解らない。
ただ、どちらにしても、彼らは結局自分だけが良ければいいと考えてチーターになった。
誉められるものではない。

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このページは、sukaが2005年8月30日 12:18に書いたブログ記事です。

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