義経以前

[ 大河ドラマ ]
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大河ドラマ義経は、マトリックス源さん並の演出がとめどめなく溢れていて、リアルなのかどうなのか解らない感じですが、義経だって本家本元の源さんだし、だからきっと源さん繋がりでこうなっているんですよね。
この頃の時代は、土蜘蛛とか、酒呑童子とか住んでいた時代だから、きっと今の人間より、マトリックスだったんだろうという事で、とりあえず納得する事にしています。
ゲンさん万歳。

さて、本題の話なのですが、その土蜘蛛とか退治したといわれる、XBOXユーザーお馴染み、源頼光(948~1021年)なのですが、もちろんその勇名は高く、数ある源氏の一つの有力な筋なわけですよ。

その源氏って本当に身内争いが多い人たちで、それでもともと平氏なんて歯牙にもかけないような実力の家系だったのを、自ら弱体化していったんです。
例えば、前9年・後3年の役で活躍した源氏を押し上げた実力者、八幡太郎義家(1039-1106)は、子の代で身内争いが起こって、有力な血筋を幾つか失う様。
保元の乱では、義朝(1123-1160 )は父親の為義(1096-1156) と身内争いして勝利。
その義朝も、平治の乱の時は、頼政(1104~1180)と敵対してそれが致命傷になって敗北。
義経(1159-1189)だって兄の頼朝(1147-1199)と争って、その結果、層が薄くなった源氏は鎌倉幕府3代目の実朝(1192-1219)で滅んで、平氏に政権とられちゃっているし。

で、義経が生まれた頃は、身内争いに興じて力を落とした源氏が、身内を大切にする平氏と、平清盛という逸材によって、敗れた時だったわけですよ。
源氏は単独の武力では強くても、家の結束では、平氏に勝てなかったわけです。

その平氏も身内を愛するあまり、「平氏に在らずば人に在らず」となってしまって、頼朝や義経に隙を与えてしまうことになるけど、本質的には、平氏の方が、良い奴っぽくないですか?
それでも義経がこうやって舞台に多く出てくるのは、なんなのでしょう。
やっぱ小さな頃から、どっか源氏は正義ってイメージをつけられてしまうから?

義経の話は、前半は平氏に復讐して、後半は兄と身内争い。
親の仇を取った勇者と、その末路って展開になると思う。

だけど、平治の乱は、義朝が天皇、上皇を誘拐して始まったのを、平氏が止めただけの話、それでを復讐するってのは筋違いという気がするし、その後の身内争いは、源氏のお家芸。

今回の大河は、その辺は気を使って、平清盛は、ちゃんとした人物として描こうという意欲は、俳優さんの選択からもまじまじと感じられるけど、結局は悪の平氏ってなってしまいそうだ。
それでもって頼朝は冷徹な兄貴になるのかな。

とにかく義経を楽しむには、それ以前として、最低でも平治の乱のことは、知っておいても良いと思う。
頼朝・義経の兄の悪権太義家とか、義経に負けじ劣らずの武勇を持っていたし、義朝だって、捨てたものじゃなかった。
この辺を知ると知らないとでは、義経の楽しみも変わってくると思う。

さて、この時代で最高の傑物を挙げろといったら、私はこの人を挙げる。
後白河法皇。
義朝も頼朝も義経も、そして清盛だって、彼の手の中で回っていた所あるしね。

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このページは、sukaが2005年2月 9日 13:38に書いたブログ記事です。

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