レーティング
それは、相対的な判断基準の事を指します。
主に株式市場の、個別企業に対して下した投資判断の相対的基準として使われるようです。
偏差値のようなものといってしまえば良いのでしょう。
XBOXのとあるゲームには、この基準が採用されています。
それはファントムダストと呼ばれるゲームです。
このゲームは戦略を構成するセンスと、実戦闘でのアクションのセンス、そして運の良さ。
又、敵との相性、チーム戦では味方との相性と、様々な要因が絡みあい、それが勝敗に繋がるゲームです。
そういったゲームにこのレーティングという基準が常につきまとう事になります。
常に、自分の実力を数値化されてしまうのです。
このゲームはおそらく、勝率を上げるだけなら、比較的簡単にできるゲームです。
相手が力を出せず、自分が力を出せるタイプのデッキを作ればよいのです。
こだわりや遊びの一切を排除し、徹底的に勝利を追及したデッキをつくればよいのです。
しかしながら皆が皆そこまでがっつりと勝利を求めているわけでは在りません。
自分の構想をどれだけ反映できるかを喜びと感じる人間もいます。
それでも、その結果として余りにもレーティングが下がってしまうと、どうしても気になってしまいます。
私もその一人で、様々な要因から下がってしまった数値を、機械的に突きつけられると、あまりに自分は弱々しい存在なのではないかと、凹んでしまいます。
体験版から、かなりにプレイ数をこなしている身としては、10勝そこらしかしていないプレイヤーに比べて、例え数値上で200劣っていたるとしても、負ける気はしません。
しかし、他人からは数値でしか判断できないので、その時に数字で劣っていたら自分は弱者となってしまいます。
こいつは下手糞なんだと、他人から判断され、貴方は下手糞ですと、機械に押し付けられると、なんだか自分がこのゲームをプレイする事は、悪い事のように思ってきます。
実際の所、別に下がっていようが上がっていようが、生活に何の関係も無く、対した問題ではないのです。
それでも、気になってしまいうのです。
強いチームと対戦し、味方とも息が合わず、徹底的に敗北し続けた私のレーティングは700前半にまで落ちました。
その後、1on1やバトルロイヤルで、好成績を収め、次の日には900後半まで上がりました。
これはなんなんでしょうか。
私は別に急に強くなったわけでもなく、同じような実力で戦っていただけです。
気にしなければ良いんです。
普通の数値の時は気にならないんです。
でも、700まで落ちてしまうと、相当数試合をこなしている人間としては、気になってしまいます。
無ければ良いのに。





市場においてもレーティングはその実態を表すものでは既に無く、複数の関数の組み合わせにしか過ぎません。
レーティングから実態を読み解くには複数のトレンドからなぜそのレートになっているかを判断することが求められます。
不幸にもファントムダストのレーティング(値付け)がどのような関数の組み合わせか知らず、知るために努力をしませんが。
ひとつのレーティングが他の判断するべき数字と無関係に存在する場合、そのレートが実体を判断する材料になることを期待する人間は浅はかと言わざるを得ないでしょう。
企業も複数のレーティングをされますが、その態度は敬して遠ざける。
レーティングのためにプレイスタイルを変更することは結局本来のスタイルを失うことに成りかねないからです。
ファントムダストのレーティングが敏感に反応するのは優秀なレーティング法だからと推察できます。
プレイの結果としてのレーティングがあるのであって、レーティングのためにプレイするのではない事を認識するのはゲームを楽しむ手段です。
この場合レーティングが低いのはレートを上げる努力をしていないと判断するべき。
レートを上げる努力とは上がる要素を追求し、下がる要素を最悪反映させないようにする。
評価が実体よりも不当に高い場合はその人はレートのための努力をしていると判断すべきで、相対的に自分に対するレートが低くなるとき周りがレートに対して払っている努力に対して自分はレートに対して努力が足りないと言えます。
閑話休題
サウザンドランドで2タグ用意してレートを上げていた人がいて、とてもその人のレートに及ばなかったのですが。
私はその人に対してレートを上げる努力をしていなかったといえるでしょう。
このゲームのレーティングに関しての問題点は、レーティングによって、非常にゲームが廃れる事です。
>レートを上げる努力とは上がる要素を追求し、下がる要素を最悪反映させないようにする。
コレを行う一番の方法が、自分よりレートの低いプレイヤーとは、闘わないことです。
明かにレートの差があるプレイヤーに、例え10勝1敗で勝ち越しても、レーティングの上下は、レートの高いプレイヤーの損となります。
つまり、誰とでも戦うプレイヤーは、相手を選んで闘うプレイヤーより、レーティングが低くなります。
>レーティングのためにプレイスタイルを変更することは結局本来のスタイルを失うことに成りかねないからです。
その通りです。
ですが、上記の理由によって、一度レーティングが下がってしまうと、闘うこと自体、相手に申し訳ないのではという感情が湧いてきてしまいます。
おそらく、中心的な数字になる事を目指したレーティングですが、考慮されている数値が、浅はかのように思えてなりません。
100戦練磨のプレイヤーより高いレーティングを持っている、1戦で消えてしまったプレイヤーが多いことや、勝率との関連性が薄いいという事も例に挙げられます。
何はともあれ、レーティングの意味について、そこまで調べはついていなかったので、大変参考になりました。
そうそうゴッサム2のクードスは良かったと思う。
あれは結果による絶対値と、プレイ量という努力値の加算で出されていたから、やればやるほど増やせるという、希望というか、ヤルキというか、そんなものを引き出せる数値だったと思う。
実力には、そこまで反映されなかったと思うけど、そういうものより、プレイヤーの努力が報われるような数値であったら良いと思う。
思うんだけど。