悲しいという気持ちより先に無力感を感じた。
大河ドラマ新撰組。
幕末という時代の作品は、多くの人が死ぬことが運命づけられていて、大抵の場合、自分はそれを先に知っている。
今までも何度となく、運命づけられた死が描かれていたが、今回ほど心を抉る感覚を感じることは無かった。
大河ドラマは長い。
普通のドラマは11回で終わってしまう所、山南は登場以来30話近くに渡って存在感を示しつづけた。
そんな人物が、突如として作品から消えることになった。
私が感じた無力感はなんだったのだろう。
山南をこれから見られないという事への寂しさだろうか。
望まずとも失ってしまった経験を隊士と重ね合わせていたのか。
今後の組織の崩壊を暗示している事を、私は知っているからだろうか。
作品は残りは20話を切り、今までに集まった同士や、作り上げてきた組織は、崩壊の一途を辿っていく。
立上げから見守っていた人間として、何か切ない気分になっていくが、それが今回の大河ドラマ50話の見せ方であり、私はそこに引き込まれた蛙と言った所だろう。
いずれにせよ山南は、完璧なまで山南で、最後まで山南だった。





山南さん死んじゃいましたねえ。
この新撰組では、山本耕史の土方に並んで、
堺雅人の山南が好きでしたので、感慨深い回でした。
残りの話、二人の絡みが見れないかと思うと・・・。
関係無いですが、伊東の空回りぶりが面白かった。
本当は伊東菓子太郎って、もう少し仲間になるの早くて、山南と思想が近いので仲良くて、文武両道の美男子で(隊士に)人気があったらしいんだけどね。
ドラマでは氏が討たれる事より、へーすけの死の方をこれでもかってやるんだろうなあ。
HDDレコーダに残っていた昔の新撰組見ました。
あの頃はほんわかで良かったよ山南さん・・。