当たり前過ぎる話なのだけれど、ご先祖様がいて、親がいるから、今ここに自分が存在している。
それは、実験で誕生した試験管ベービーでなければ、ほとんどの人間が同じ過程を辿っているはずだ。
先日、俺を存在させた人間達のことを、祖母から聞く機会があった。
どこまでが真実が定かではないけど、こんな感じだった。
父方の先祖は侍だったらしい。
松平性を名乗るお殿様に仕えていたらしい。
そのお殿様が仙台から川越あたりへ移ったときも一緒についていったらしい。
神道無念流の免許皆伝を持ち、お殿様の剣の師範をやっていた人もいたらしい。
相当な地位を持っていたのではないかと思う。
祖母方の先祖は平家の残党だったらしい。
江戸時代の後期には東京ドームが幾つか建っちゃうような土地を持つ大地主だったようだけど、100年程前に、道楽で大半を無くしてしまったらしい。
豪族の一派であったのかもしれないとの事だ。
母方の先祖は町人だったらしい。
商売が繁盛し、そこそこの地主になったけど、先代が商売下手で、殆ど食いつぶしてしまったらしい。
祖父は、豪快な遊び人だったらしい。
カダルカナルなどの、東南アジアの戦線を、重症を負いながら生きた人らしい。
怪我を負った人間でなくても、斃れていった悲惨な東南アジアの撤退戦で、生き残ってくれたことこそが、最も俺の存在に大きく関わっていると思う。
聞く限りでは、今は亡き俺のご先祖様達は、実は結構金持ちで偉かったようだ。
さて、俺の代は、大丈夫だろうか?
放蕩で、食いつぶしたとか、子孫に言われないだろうか?





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