空っぽのリアリティ

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先日ニュースを見ていたら、全く逆の形で子供の命が奪われた悲しい話題が二つ続いて放送されました。

先日ニュースを見ていたら、全く逆の形で子供の命が奪われた悲しい話題が二つ続いて放送されました。
一つは、小学校で子供の命を無差別に殺害した容疑者の死刑判決の話。そしてもう一つは、子供が誤って高い場所から転落してしまったのを、その母親が後を追ったというニュースです。
大切な命を大量に奪っておいて、反省の色も無く死罪判決を受けた容疑者。そして、事故とはいえ守れなかった大切な命に罪悪感を感じて自ら命を絶った母親。
二つとも酷く心の痛む事件ですが、人の命への感覚がここまで違うものだという事が浮き彫りにされ、衝撃を感じました。

以前ゲームの掲示板で、「打たれて血が出たり、体が壊れたりするなら買います」という趣旨の書き込みを見かけたとき、酷い嫌悪感を覚え、そしてその書き込みに冷静に返答している方に対しても、その人格を疑いました。

確かに人を銃で撃てば血は流れるでしょうし、その命は奪われるでしょう。
ですが、それをリアルだと叫ぶ感覚は怖い。命を奪うという事の現実の意味を失った、見せかけのリアリティを喜ぶ感覚は、無差別殺人を起こした容疑者のように感じられて怖いんです。

ゲームをやるから命に対する感覚が狂うと聞くと、一ゲーム好きとして反抗したい気分になりますが、こういった見た目だけがリアルの殺人自体を喜ぶ感覚を持った方を見るとなんとも言えません。私は命に対する感覚は大切にしたいと思いつつ、LIVEで出会った方々もそうであって欲しいなと願ったりします。

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このページは、sukaが2003年9月 3日 16:31に書いたブログ記事です。

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